母の上京物語〜3日目①〜

[su_heading align=”left” size=”20″ class=”su-heading-custom”]10月22日(日)[/su_heading]

気持ちの良い朝。そもそも、東京でこんなにゆっくりとホテルに泊まることは初めてだ。バンド時代に何度も東京にきたが、漫画喫茶か友達の家かどちらかだった。兄貴はお酒を飲みすぎてよく眠れなかったらしい。枕が違うから寝つきが悪いとかお酒を飲みすぎたから夜中に目がさめるとか、私はそのような経験はほとんどない。2秒で寝て、必ず夢をみて、気付けば朝になっている。今日泊まるホテルが決まっているなんて、なんて幸せなことでしょう。

前日の暴飲暴食がたたって胃が荒れに荒れていたので、朝食バイキングは、味噌汁や豆腐などの優しいものばかりを食べた。徐々に腸内環境は回復していった。今日のホテルは、東銀座の京急EXホテル。早速荷物をまとめて向かった。猛烈な風と雨が我々を襲う。明らかに台風のせいだった。

[su_heading align=”left” size=”20″ class=”su-heading-custom”]なんでこんなに高いんですか?[/su_heading]

びしょ濡れでホテルに着いた。まだチェックインの時間ではないので、一旦荷物だけを預けた。本来であれば、歌舞伎座で歌舞伎を見る予定だったが、この嵐なので、予定を変更することに。実は、言い忘れていたが、もうひとつミッションがあった。それは、父が生前大切にしていた腕時計を鑑定してもらうことだった。売るつもりはないが、価値を知りたかった。パテックフィリップのシルバーの腕時計。大分の質屋での査定額は40万円だった。タクシーに乗って銀座の高級時計店に向かった。店内にはたくさんの時計が宝石のようにショーケースに入れられ、光り輝いていた。ひとつ200万や300万の時計ばかりだ。これを買える人は、300万以上の上限のクレジットがあるということか。私のカードが10枚あっても届かない。どういうこちゃ。「時を刻む」という、時計本来の機能だけをみれば、私の腕に付いている980円のカシオの腕時計となんら差はないのに、2,999,020円の違いは何なのだろう。お店の人に聞いてみた。いかにも銀座の高級時計店で働いてそうなビシッとスーツと髪型ををキメた30代男性に「この時計、なんでこんなに高いんですか?」と聞いてみた。すると「証明書や箱が付いておりますから。」という答えが帰ってきた。証明書?箱?どういうこと?それ美味しいの?まったく意味がわからなかった。あとで兄貴に聞いたら「昔の時計はもう作られていないから、希少価値が高いから」といわれてやっと納得した。あ、なるほど、骨董品的な価値があるのか。そう言ってよ〜店員さん。査定額は大分の質屋とほとんど変わらなかった。

[su_heading align=”left” size=”20″ class=”su-heading-custom”]母のお家芸[/su_heading]

もう一件、中野町の時計屋にも行ってみようという話になり、電車に乗った。しかし、兄貴が「中野」と「上野」を勘違いして我々は上野方面の電車に乗ってしまった。おかんが言う。「中野って、全然方向違うよあんた、私わかるもん。なんかおかしいなぁ~ち思ったんよ。中野は遠いよ、もう行くのやめようよ~」。人が間違えたときにここぞとばかりに容赦なく感情のままに責め立ててくる思いやりのなさは母のお家芸なのである。人を一瞬でイラつかせる天才なのだ。人間70歳近くにもなれば少しは大らかになるかなと思いきや、まっっっったくそんなことはない。「東京はわかりづらいもんね、いいよ、ゆっくり考えよう」なんていう優しい言葉はあの世にいっても言わないだろう。一生懸命スマホとにらめっこしてルート検索している兄貴の後ろを金魚の糞みたいにくっついてきてるのに、その態度ができるのは、逆にすげぇよ、おかん。兄貴はこういうとき、我慢する。でも私は我慢しない。「じゃおかん、もう中野町の時計屋には行かないで大丈夫だね?でもあとで『あ~あの時計屋に行っとけばよかった~』と絶対に言わないこと。もし、少しでも後悔が残るようなら、これから電車を乗り換えて中野町に向かう。どうする?」と聞いた。このように釘を刺しておかないと後から絶対に後悔の言葉を言うからだ。何年も何年も。わたしにはわかる。おかんは「後悔はしない。中野町は遠いから行かない。」といい、「靴下が濡れて気持ち悪い。長靴が欲しい。」と続けた。靴が濡れて気持ち悪いからグズっていたのか・・・。なんやそれ。私たちはとりあえず上野で降りて、長靴を探しに行くことにした。

つづく

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